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親子の笑顔をつくりたい! 子どもたちの「五感」を耕す、厚真町の「森のようちえん」

2019.02.25

二人の子を持つ母親であり、元・小学校教諭である松山道子さんは、厚真町に魅せられて移住してきた一人。2018年4月から「あつま森のようちえん ワッカ」を始め、まちに根を下ろしつつあります。幼児期の発達にこだわり、子どもたちに注いでいる温かなまなざしの理由は何なのでしょう? その理由やまちへの想いについてお聞きしました。

 

憧れの北海道へ移住し、小学校教諭で夢を叶える

— 松山さんが厚真町に移住した経緯を教えてもらえますか。

松山:出身は埼玉県上尾市で、大学卒業までは埼玉県に住んでいました。子どもの発達に興味を持ち、田舎で教師をしたいと思ったんです。高校の卒業文集に「将来の夢は、『晴れた日は教室で授業をしないで外で遊んでしまう田舎の先生』」って書いたんですよ(笑)。

とくに北海道への憧れがあり、大学卒業後に北海道の小学校教諭として採用されました。赴任先は、北海道勇払郡安平町の小学校。土地勘のない私に、教育委員会の方が地図帳を使って赴任先を親切に教えてくださいました。

北海道に到着したら、小学校の教頭先生が空港で「ようこそ北海道へ」と書かれたボードを持って待ってくださっていて、「あぁ温かいな」と感じました。20年近く前のことです。高校の卒業文集で書いた夢は、見事にその小学校の子どもたちや環境に叶えてもらいました。

— 夢を実現されたのですね。その後、厚真町に?

出産と子育てを機に小学校教諭は退職しました。厚真町の隣である苫小牧市に住んでいたのですが、厚真町の環境や雰囲気に惹かれ「すごくいい場所だな」と思って。厚真町の「厚真大沼野営場」でキャンプをしたこともありましたし、自治体の子育て支援などが手厚いことや自治体がまちづくりに一生懸命取り組んでいることにも好感を持っていました。

厚真町へ引っ越してきたのは、2017年9月です。厚真町には“一見何もないけれど、何でもある”じゃないですか。自然、食べものなど、地域の資源は豊富にあります。あとはおもしろい人たち(笑)! まちを盛り上げていこうとしている、魅力的な大人がたくさんいます。

また、“私が最もやりたいこと”に根付いた暮らしをしたい、という希望もずっと持っていたんです。役場のなかには引っ越してきたばっかりの私の話を興味をもって聞いてくださる方々もいて、とてもうれしく感じました。

松山道子さん

子育てに行き詰まり「森のようちえん」に出会う

— その“最もやりたいこと”とは、何ですか?

松山:北欧で発祥した、自然のなかで幼児教育を行う「森のようちえん」という活動です。全国各地に多数の運営団体があります。

私には今10歳の長女と4歳の長男がいるのですが、8年ほど前、私は長女の子育てを心から楽しめない自分がいました。

なぜかというと、「汚れるからダメ」「危ないからダメ」「ケンカしたらダメ」などと子どもたちの動きを規制したり、子どもどうしの関わりのなかのトラブルを過度に避けたりするような大人の関わり方やあり方に疑問を持ち、「本当に、それでいいのだろうか?」とモヤモヤとしていたんです。

子育てにおいて、本当に大切なことを大切にできていないもどかしさや、自分の子育てに対する違和感を感じていました。なかでも幼児期の過ごし方はとくに重要だと思ったんです。

— それが「森のようちえん」につながっていったのでしょうか。

松山:そうやって自分の子育ての柱になるものを探していた時期に、神奈川県鎌倉市で1985年に始まった「青空自主保育 なかよし会」、つまり「森のようちえん」の存在を知って、「これだ! 私もこういう子育てをしたい!」と思いました。

そこで2012年に仲間と「青空自主保育 木もれ陽の会」を立ち上げ、活動を始めました。親子25組が参加し、私も一参加者としても活動してきました。この7年間、月に6回活動してきて、2019年春で8年目を迎えます。

「青空自主保育 木もれ陽の会」での一枚

就園前の親子が拠点場所に集まって、一緒に森で過ごします。本当に危険な場合を除いて、遊び方や友達との関わり方を子どもたちに任せるスタンスです。大人が仲介しないことによって、子どもたちの世界が見えてきます。「しつけって何だろう。私たち大人ができることって何だろう」と向き合うきっかけになりました。

さらに、活動を続けるうちに、子どもたちの成長につながるだけでなく、お母さんたちの子育て支援にもつながる活動だと分かりました。お母さんたちが集まって、そのコミュニティのなかで共に過ごしたり話したりすることで救われる部分も大きいのだと。こうやってこの活動にどんどん魅せられてしまって(笑)。

— その活動を厚真町でも、ということでしょうか。

松山:はい。2018年4月に「あつま森のようちえん ワッカ」を始めました。親子6組で活動しています。「ワッカ」はアイヌ語で「水が湧き出る場所」という意味であり、みんなで手をつないでつくる「輪」の「ワッカ」でもあります。

自然のなかでさまざまな刺激や感覚に触れ、子どもたちの「五感」を耕し、たくましく生きていくための心の根っこを育てる。親子や仲間との触れ合いやつながりのなかで、地域の子どもたちの育ちを地域のみんなで見守り、支える場所をつくる。この二つを目的にしています。

「あつま森のようちえん ワッカ」での様子

震災後も、まちや活動への想いは変わらない

— 2017年9月に引っ越してきて、活動を始めた約5ヶ月後に、北海道胆振東部地震が起こったのですね。

松山:2018年9月6日は、引っ越してちょうど一年というタイミングで、あの時間はたまたま起きていました。翌日までにやらないといけない仕事があり、パソコンに向かっていたんです。「深夜3時だし、もう寝なきゃ」と思ったときの被災で、初めて命の危険を感じましたね。

おかげさまで家族は全員無事でしたが、水道の復旧の遅延など、非日常の日々が続きました。この経験で、私は「本当に『五感』って大切なのだな」と再確認したんですよ。「森で『五感』を育むことの意義」にも改めて気づかされたんです。

— 具体的には、どのように「五感」の大切さを感じたのでしょう?

松山:例えば、震災後に耳に入る音はヘリコプターの音、防災無線の音、緊急車両が走る音……と、心身に緊張が走る音ばかりでした。目から入る情報も、日常の厚真町では目にしないような光景ばかり。

そんななか、教育委員会が臨時に「週末子ども広場」を避難所の裏に開設したんです。そこで久しぶりに子どもたちが笑っている姿を見ました。子どもたちの歓声や、遊び回る姿……。震災後、不安や緊張した状態が続いていた子どもたちは、それらから解放され、自分たちのアンテナを思いきり伸ばして遊んでいたんです。

物々しいなかにも日常が戻ったような感覚を受けとり、その和んだ空気に、私も心からホッとしたんですよ。大人である自分の心も震災の影響を受けていたんだな、と。全身が感覚器といわれる幼い子どもたちへの影響は、なおさらのことだったのでしょう。

人は「五感」を通して自分の周囲や自分のいる状況を理解します。自然災害後の「週末子ども広場」の存在はとてもありがたく、感覚を開いて感受性を磨いていくことの重要性を再認識したんです。

心を耕して柔軟に保つには、「五感」に良質な刺激を与えることが役に立ちます。それにはやはり「自然が最もふさわしい場所だ」とも再確認しました。なぜなら、雪や砂のにおいや感触を触って知っているのと、頭だけで理解しているのは大きく違います。本物に触れ、見たいものや聞きたいものに自分で焦点を当て、自ら見聞きしていく。その積み重ねが感受性を深め、感覚や感性が“自分のものになっていく”と思うんです。それが、生きていくうえでの大切な感覚や能力のベースになっていきます。

— では震災後、「あつま森のようちえん ワッカ」の活動への想いは揺らがなかった?

松山:はい、「それでもやりたい!」と思いました。震災前は厚真町の親子に向けて活動をしたかったんです。苫小牧でやってきたモデルと同じことをできないかなと考えていました。

でも震災後、それが私のなかで外れて「対象をもっと広くすれば、まちが元気になるきっかけにもなるのかな」と思ったんですよね。もともとまちには子どもの数が少なく、そのニーズを考えてみても、町内の親子だけでなく町外から来て過ごしてもらうように対象を広げたほうがいいのでは、と。

北海道はとても魅力的なところなので、いつかは道外からも来ていただき、何日か厚真町で過ごしてもらう。そんな風になったらいいなぁと考えています。

「実際に本物に触れる経験が大切」と松山さん

「活動を継続できる形にしたい」と挑戦を決意

— 松山さんは2018年12月、「厚真町ローカルベンチャースクール」にエントリーされたと聞きました。

松山:「厚真町ローカルベンチャースクール」の取り組みは、厚真町に引っ越す前から知っていました。「あつま森のようちえん ワッカ」を継続できるしっかりとした形にするため、思い切ってエントリーしたんです。

厚真町にはおもしろい地域産業を営んでいる方たちがいらっしゃるので、一緒に“森での子育てが出会う場所づくり”をしたいと思っています。

例えば、林業や木工に強い方のご協力を得て子どもたちが木工をしたり、町内でふだん廃棄されている羊毛や稲藁をいただいたので、暮らしに役立つものをつくる体験をしたり、米どころでもありますから田植えから収穫までを経験したり……、厚真町の素材と森で過ごす親子の体験活動を掛け合わせて、いずれ事業化できたらと考えています。

譲り受けた稲藁で松山さんがつくった、注連飾り

— 今、松山さんが感じている課題はありますか?

松山:ゆくゆくは仕事にしていきたいのですが、「じゃぁ、どうやって?」という大きな課題があります。これまでは月に2回の活動でしたが、2019年春からは週に1回開催し、月に1回は町外の人からも受け入れる体制にしたいと考えています。

また、現在は拠点がないので、自由に使える拠点が欲しいです。とくに冬場、みんなで昼食をとれるところがないんです。今は公民館をお借りしていますが、地域の住民さんが優先です。拠点があれば、気軽に集まったり手仕事をしたりできますし、開催数を増やせるかもしれません。

「森と暮らし」、「子育てと暮らし」をつなぎ、周囲やまちを少しでも元気にしていけたらと思っています。

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聞き手・文=小久保よしの
写真=(株)エーゼロ厚真 花屋雅貴
写真提供=松山道子、あつま森のようちえん ワッカ、青空自主保育 木もれ陽の会

 

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