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自分が協力隊になるなんて、思ってなかった。4700人の小さな町にパン屋さんが出来るまでの物語

2018.02.23

人口4,700人の町にパン屋さん!?彼女の話を聞いた多くの人は、その挑戦の行く先に明るい将来を描けなかったかもしれません。しかし、開店して2年目。町民のみならず、札幌や道外からのお客さんが多い日には25組以上も来てくれる天然酵母を使ったパン屋さんとして、しっかりと歩みを続けています。「来てくれたお客さんが、厚真を素敵なところねと言ってくださると嬉しい」と語る高田真衣さんが、地域おこし協力隊を経てパン屋さんを開業するまでの物語をお届けします。

天然酵母を使ったパン屋さんになったきっかけ

– 北海道を舞台にした映画で、パン作りの指導も務めたという高田さん。パン屋さんになろうと思ったのには何かきっかけがあるんでしょうか。

高田:菌がきっかけですね。大学受験を考えているときに、何かの本で菌についての説明を読んだんです。その頃、漠然と地球環境を今以上に悪くしたくないという思いがあって、そのためには菌の力を借りるのが良いと思ったんです。大学に入って菌を扱う研究室に配属になり、菌の培養等をしていたんですが、その研究室にパンの酵母が保管されていたんです。

パンの酵母なのだからこれを使えばパンが作れるのだろうと思い、自宅でパンを焼いてみました。最初のパンは全く膨らみませんでした。その後も、何度も焼きましたがやっぱり膨らまない。これはもうプロに教わるしかないと思い、パン屋さんで働くことにしたんです。

後から考えると、研究室のパン酵母で作ったパンが膨らまないのは当たり前なんです。研究室では酵母の活動を低下させて保存しているので、そもそもパンを膨らませる力は無かったんです。作り方が悪くてパンが膨らまなかった訳では無かったんです(笑)。

– お店に並んでいるパンは、全て天然酵母なんですよね。難しいイメージもありますが、最初から天然酵母でパンを作ろうと思っていたんですか。

 

高田:そういう訳でもありません。私がパン屋さんで働いていた当時は、今ほど天然酵母を使ったパンは多くはなかったですし、あったとしても天然酵母だけで作っているパンは少なかったんです。天然酵母を使ったパンが美味しいなら、天然酵母だけでパンを作ったら良いのにな、という思いが心に湧いたのが、天然酵母との関係の始まりです。

元々はレーズンから起した酵母なんです。ただ、継ぎ足し継ぎ足し酵母を使っているので、今はレーズン由来の酵母は残っていないかもしれません。それに、今は厚真町のこのお店特有の酵母が加わっているので、いよいよ元々の酵母の形ではなくなっています。酵母の活性が落ちないように、基本的には毎日管理しなければならないので、それは少し手間がかかる事かもしれませんね。

– 厚真町のお店特有ということは、同じ酵母を使っても、作る場所によって味が変わるのですか?

高田:そうです。今、私が作っているパンは、厚真町にあるこのお店だから出来るパンなんです。パンの香りや質感は、作る人によっても変わります。なので、この場所で私以外の人が、私と同じ方法でパンを作っても同じものにはなりません。

厚真に来て、お店を始めてみて分かったのですが、厚真町は酵母が安定しやすい気候の様です。夏場あんまり気温が高くなると酵母も夏バテしてしまうのですが、厚真町は30度を超える気温の日が少ないせいか、活性が安定しています。厚真町で幸運だったことの一つです。

突然の閉店と新たな場所探し

– 厚真町に来る前もパン屋さんを開店していたそうですが、高田さんがパン屋さんを開いたのはいつ頃でしょうか。

高田:大学院を卒業してからもパン屋で働いていましたが、2004年に札幌で自分の店を開くことが出来ました。とても充実した生活が送れていたんですが、2009年に急遽閉店しなければならなくなりました。私のお店が入っていた建物の管理会社が倒産することになり、「2日後までに退去してください」と言われたんです。

– 突然のことで途方にくれたんじゃないですか?

高田:途方にはくれませんでしたが、オーブンをどこに運ぼうかな〜?とは思いましたね(笑)。業務用の大きなオーブンだったので。実際、その場所を移動してもパンは焼けるし、良い場所を見つけてまたパン屋さんをやる気持ちでいました。

– 新しいお店はどんな場所で始めようと思っていたんですか?

高田:札幌から1時間圏内で探したいと思っていたのですが、なかなか見つかりませんでした。良い場所はもちろん既に利用されているし、使われていない場所は改築にとても費用が必要だったり…。市街化調整区域にも随分悩まされましたし、水にも苦労しました。いい物件だなと思った場所もあったんですが、最初に説明を受けていた内容が徐々に変わっていったり。うまくいく時って、トントン拍子で進むと思うんですが、逆に進まない時はどうしたって進まない。そんな経験を随分重ねました。今となれば、いい経験だったのかなと思いますが。

古民家でのパン屋開業を目指し厚真へ

 

– お店を開く場所を選んでいる時に厚真町を知ったんですか?
高田:知人から「厚真町で古民家を移築して、その後の活用を検討しているよ」という話を教えて貰って、古民家でパン屋を開店しようと決めたんです。その後、厚真町で地域おこし協力隊を募集していることを知ったんです。最初は、自分が地域おこし協力隊になるイメージが湧きませんでした。自分はお役所と縁遠い存在だと思っていたので。

– 地域おこし協力隊期間中はどんな活動をしていたんでしょう?

高田:パン屋の開店に向けた準備をしていました。地元の食材を使ったパンを試作したり、パンに使う食材を作っている農家さんに会いに行ったり。お店の雰囲気に合う物を探したりもしました。研修として東北や中部方面に勉強に行かせてもらいましたが、それはとても有意義な時間でしたね。

それと、町民の皆さんに向けたパン教室も何度か開催しました。札幌に住んでいた時もパン教室は開いていたので、厚真町でも出来ると思っていました。その時に受講してくれた方が、お店に来てくれたりした時は嬉しいですね。

– 高田さんはパン屋さんの開店に併せて協力隊を卒業しました。協力隊としての期間は2年弱でしたが、自身としては短かったとお感じですか?

高田:長かったなと思いますね。内容が充実していたと言うか。とにかく開店に向けた準備に集中していました。そのため、2年弱住んでいたのに厚真町の気候だとか、風土だとかにあまり注目出来ていませんでした。お店を開店して1年経って、最近になって気づく厚真町の事って結構ありますね。季節に注意が向かないくらい、集中して活動してたってことなのかもしれません。

– 地域おこし協力隊で良かったことはありますか?

高田:パン屋を開店する予定の厚真町で2年弱にわたって開店準備を出来たのは良かったと思います。もちろん全てが満足いく準備とはなりませんでしたが、厚真町に住んでいなければもっと準備は進まなかったかもしれません。

役場との関係でいえば、協力隊になるまで私は殆ど「お役所」との付き合いは有りませんでしたが、協力隊になってお役所はこんな仕事もしてるんだなとか、こんな人たちがいるんだと分かったことは良かったと思います。役場が顔の見える存在になったというか、敷居が下がったというか。この事で困ったらこの人に聞けば良いと分かったので、移住してきた時に一般的には抱くであろう不安は減ったと思います。

毎日、ちょっとずつ良くなっていきたい

– 高田さんの今後の目標を聞かせてください。

高田:ちょっとずつ良くしていきながら、お店を続けていくことかな。お客さんが来てくれて、「素敵なお店だね」「厚真は面白い店が増えてきたね」と言ってもらえたり、来てくれた方々が楽しそうにしてくださっているのを見ると、とても嬉しい気持ちになります。そのお客さんたちがまた来てくれた時に、前に来てくれた時と同じだとダメなんですよね。前回より良くなっていないと、お客さんは喜んでくれないと思うんです。だから、毎日、ちょっとずつ良くなっていきたいですね。

– 今後、どんな方に協力隊として厚真町に来てもらいたいですか?

高田:これまでもとてもいい人たちが厚真町に来ていると思います。特に、夫婦で来てる方はやりたいことが明確な方が多いので、良いなと思います。個人的には、「地域を元気にするために!」といった思いよりも、「自分がその町で何をしたいか、その町で楽しめるか」を大切にしてもらいたいと思います。移住してきた方々の楽しい場所の一つに、この場所がなれたら嬉しいことですね。

目標に向かって一直線。協力隊期間中の全てが良いことばかりでは無いけれど、今は笑って振り返えることが出来る。それは今の充実が有るから。これまでの準備が今につながっている実感が有るからなのでしょう。

「素敵なお客さんが来てくれるんですよ」と笑う高田さんが纏う独特の引力が、きっと素敵な人が集まってくる理由なのだと思います。素敵な人が素敵な人を呼ぶ。そんな好循環が、今後、もっと大きくなっていくのを予感させる空気感をだんだん町が持ち始めているのかもしれません。

 

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聞き手・文=宮 久史(厚真町役場)

写真=渡辺路子

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